貴人専用道

司馬遼太郎さんの『街道をゆく42 三浦半島記』の中に段葛の話が出てきます。

鎌倉に幕府が開かれて森林伐採が進み、雨が降ると若宮大路が水浸しになったので、楽に歩けるように偉い人専用の道として段葛が造られたそうです。神様(つまりご神体等が移動するとき)と、将軍や執権だけしか通れなかった道です。もちろん今では誰でも通れます。

若宮大路は、少し東を流れる滑川(なめりがわ)のほか、扇が谷方面などからいくつもの小さな川が流れてきていました。寺や御家人の屋敷が増えて森林が少なくなり保水力が落ちた鎌倉時代には水が出やすい地域になったと思われます。昭和50年代の写真でも若宮大路に水が出ているものがあります。現在は小河川は暗渠になったし治水も進んだので滅多なことでは水は出ないでしょう。

なお、司馬さんは同書の中で段葛は防御障壁としては戦術的に意味は無いと言っています。でも、鎌倉幕府滅亡の際は、稲村ガ崎方面から押し寄せた新田軍と防衛側の執権北条軍が段葛をはさんで戦ったという話を聞いたことがあります。若宮大路の真ん中に延々と土塁があったみたいなものですから騎馬による突破は難しく、弓矢での射撃戦が続けられたのでしょう。頼朝公が段葛を造営したときにそうした意図があったのかどうかはわかりませんが、結果としてある程度の防御障壁の役割は果たしたのだと思います。

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